「ひとりで考える時間」

会社や学校・家庭という群れから離れて

同じものを食べるのが好き3

「雑煮」「ナポリタン」「とり皮」ときました。
「とり皮」書いたあとには、自己嫌悪で重い気持ちになりました。が、今回はフレッシュに
「たまねぎ」です。これは現在進行形です。

おもにオニオンスライス、またはオニオンスライスがいっぱい入った野菜サラダです。「たまねぎ」を食べ始めたのは、自分で勝手に決めた糖尿病の食事法のひとつとして生野菜中心の食生活、とくに生のたまねぎを毎日食べることにこだわってます。

でも、この「たまねぎ」でもおもしろいことがありました。ある日、大先輩であるS出版社のTさんから「今夜、めし食おう」と連絡があり、神田神保町の交差点で待ち合わせました。二人で向かったのは神保町では有名な『うなぎ屋』さんでした。2階に上がって、まずはお酒だけ飲んでると「いまは、食いもの何に凝ってんの?」と聞かれました。わたしが同じものばかり食べつづけるのは親しい人たちは皆んな知ってるので、よく聞かれます。「いま毎日食べてるのはオニオンスライスぐらいですかね」と答えると「オニオンスライスかー、ここにあるかな?」となり、メニューを見てもありません。そもそも『うなぎ』にこだわった店なので、うなぎ関連のあてしかありません。ところがTさん「おーい!」と1階に声をかけました。すぐに下から若旦那みたいな人が来て「はい、ご注文決まりましたか?」「うん。オニオンスライスもってきてくれ」「・・・オニオンスライス・・・?」「Tさんうちにはオニオンスライスはないです」「やっぱりないか、じゃ八百屋からたまねぎ買ってきて出してくれ」
「・・・・・」「勘弁してくださいオニオンスライスは無理ですよー」「なんでだよー!たまねぎ買ってきてただ薄く切ればいいだけだろう!俺でもつくれるぞ!!」ちなみにこのS出版社のTさん、半端ないワガママ者で、奇人変人が多い神保町界隈でも有名なひとり暴れん坊将軍です。

話しをもどしますが、結局若旦那さんはたまねぎを買ってきてくれて「Tさん、うちでオニオンスライス食べたって誰にも言わないでくださいよ」と言いながら階段を降りていきました。そうこうするうちにメインの「特上うなぎ」二人前が運ばれてきました。ふたを開け食べようとすると、向いに座ってるTさんが自分のうなぎをわたしのお重に移しています。そうか、もう歳だしあんまり食欲ないんだなと思ってましたが、なんとうなぎ全部をわたしのお重に移しました。「Tさん食欲ないんすか?」と聞くと、Tさん「いや、俺うなぎ嫌いなんだ」「えっ。・・・うなぎ、きらいな、ん、で、す、か・・・?」「うん。ただうなぎのタレがかかったごはんが好きなんだ」「・・・・・」「タレがかかったごはんですね、なるほど。わかりました。」一瞬わたしは誰?ここはどこ?状態になりましたが、、、なにがなるほどだ!まったく納得なんかしてません。わかりたくもありません。このオヤジ何を言ってるんだって感じで、タレ&ごはんなら特上にする必要もないじゃないか?とかいろんなこと考えましたが、なにも言いませんでした。この、ひとり暴れん坊将軍がらみでは、これまで何回か修羅場を体験してるので深追いは危険です。しかし、わたしの周りにはホント不思議な人間が多いです。『世間』とか『常識』というものは通用しません。でもなぜか、みんなかわいいステキなオヤジどもなんですよねー。

「たまねぎ」と言えば淡路島が有名ですが、いま近所のスーパーへ行くと佐賀県産の新玉ねぎが売ってます。新玉の季節が延びているようです。1年中新玉ねぎが食べられたら幸せです。最初に書きましたが、糖尿病の食事法としてオニオンスライスを食べ始めましたが、その延長でオーガニック、マクロビにもハマりました。都内のオーガニック系の店には、かなり行きました。こういう店は、ほぼ100%女性客なんですが、そこにデカい男がひとりで挑んでました。その話しはまたいつか。

では、また次回

同じものを食べるのが好き2

焼き鳥嫌いが「とり皮」人生をスタート。

そもそも肉ですが、生肉は一切たべません。肉の焼き方は、超よく焼き。「ベリィウェルダン」です。居酒屋さんのウィンナー焼き好きなんですが、注文する時「本当によく焼きで」「これはとてもお客には出せないってくらい焼いて」ややこしい客です。

話しをもどしますが「とり皮」ハマりました。塩でもタレでもOKです。さらに超よく焼きでなくても大丈夫です。これはさすがに毎日毎日は食べられません。週に4日か5日ぐらいでした。最初は1日20本から30本程度でしたが、どんどんリミッターが外れて50本も軽くクリアして基本1日100本ペースになりました。嘘だと思うでしょうが、本当なんです。生き証人が何人もいます。実例で言いますと、自由が丘に老舗の「かとりや」という店があります。1本100円で美味しい店です。とり皮はせいぜい30本から50本程度しか準備されてません。ですから、自由が丘の駅を降りてすぐの焼き鳥屋さんを覗いて「とり皮何本ありますか?」と聞きます。だいたいの店は「とり皮たくさんあるよ」と答えますが「いや、具体的に何本ありますか?」と。「うーん50本はあるかな」「あとで来るので、その50本キープ!」「キープ?」「お金はいま払ってもいいけど」「人数たくさんで来るの?」「いや二人」こんな会話が終了して、はじめて「かとりや」に向かいます。飲み屋のボトルキープならわかるけど「とり皮」キープはなかなか聞かないでしょう。何回か続けてるとお店も慣れてきて「今度は来る前日に電話くれる。仕込みの本数変えるから」となり、まぁ馴染みのお客さんということになります。馴染みの店なんてつくりたくない人間なのに、この時は背に腹はかえられないという想いで、こういう店を何軒かキープしてました。

ですがこの「とり皮」問題もありました。たまに仕事上、大事な人物と飯を食わなきぁいけない場面もありますが、自分としては、とにかく毎日「とり皮」が食べたいので、当然焼き鳥屋さんに連れていきます。相手に気を使って白金の、ちょっとオシャレで味もよく、値段もそこそこの店にいったときです(プライベートでは何回かいってる店です)いつものように店入るなり「とり皮、全部キープでお願いします」店主もいつものことなので「はい」と慣れてます。ところが、すぐあとから来たお客が普通に「とり皮4本塩で」と注文。店主が「すいません、とり皮本日分売り切れで・・・」「売り切れ?そこにいっぱいあるじゃない」「こちらのお客さんの予約分なもんで」と店主もお客もチラッとこちらを見る「えっ全部、どっか奥にないの?」「すいません今日の分はここにあるだけで」そんな会話をしてるとき、つづいて新しく入ってきたサラリーマン二人連れが、なんの状況もわからず、わかる必要もないんですが「ねぎま、とり皮タレで2本づつ」と注文してきたんです。店主がなにも言わず、わたしの顔を見つめています。こういう「とり皮トラブル」の場面は大なり小なり何回か経験してるので、自分としては平気でした。が、わたしの連れの人物が「とり皮、すこし譲ってあげれば」と皆に聞こえるボリュームで言ったのです。店もこの「とり皮」問題で雰囲気が少し重い感じになっていました。しかしですよ。この時期のわたしの「とり皮」に対する情熱、愛情は誰にも理解できないMAX状態だったのです。なにがあっても、全部食うぞー状態でした。ただ店主と何回か目が合ううちに、自分ととり皮。とり皮と自分との関係に迷いが。世間との折り合い。あー。いやー。あー。いやだー。あー。うがー。あー。ああー。

小さな声で店主に「じぁ、8本だけ、あちらのお客さんに・・・・・」

それからは本数抑えて、地味にとり皮たべてました。ほんと地味に。なにせ一緒に焼き鳥屋へ行ってくれる人が一人もいなくなってしまったんです。「とり皮と人間関係」という哲学を学びました。いまはもう、食べてません。静かにフェイドアウトしました。普通ではないのはわつてましたが、こうして文字にしてみると異常というか不気味というか、人間的にかなり問題あり。か。
読み返すと、ちょっと元気がなくなったので、ここまでで。


では、また次回

同じものを食べるのが好き

今日はジュウゴローの食について書きます。
「食べる量が半端ない」は以前書きましたが、
もうひとつあるんです。同じものを食べつづけるのが好きなんです。1日2食なんですが、1食は毎日同じもの。ちょとわかりにくいですかね。実例で言うと、お正月に「雑煮」を食べたらなぜかその雑煮がえらく気に入ってしまって、、、気がついたら、その年の夏まで食べ続けました。約7ヶ月間、旅にでてる以外毎日です。さすがに暑かったのか夏でピタッと終わりましたが。次にハマったのがナポリタン。ある日の朝NHKを見てたら料理番組で「ナポリタン」を作ってたんです。実はわたしは料理というのをほとんどしたことがなかったんですが、そのテレビをジーっと見てたら、これは自分でも作れるじゃないかと思い込み、その日の夜にはナポリタンを生まれて初めて作りました。出来はもちろんイマイチでしたがナポリタン、ハマりました。これは丸々1年近く毎日食べ続けました。これを偏食と言うんでしょか?次に紹介するのが「焼き鳥」です。なぜか若い頃から焼き鳥が苦手で焼き鳥屋さんの前を通るときも息を止めて通過していたくらいで、札幌時代の友達なんかはわたしの焼き鳥嫌いを知ってるので誰も焼き鳥屋へ行こうとは誘いませんでした。ところがです。ある日スーパーのサミットに買い物に行った時、よく見かける小さなキッチンカーの焼き鳥屋さんがいたんです。なぜかその時は焼き鳥の焼くにおいも気にならず、オヤジさんの焼く姿をジーっと見てました。そして近づいていき、焼き鳥の種類というのを確認しました。いろいろありましたが、その中の「とり皮」に目がとまりました。もちろん一度も食べたことありません。なぜなんでしょう?とり皮のタレを1本買って帰りました。ここから、わたしの「とり皮」人生が始まってしまったんです。ここからはちょっと長くなりそうな予感がするので、ここまでを前編とします。「とり皮」後編はまた今度で。

では、また次回

男気

男気って響きは好みです。
蒼井優という女優さんが「私を好きになってくれた男気です」と発言したのを知ってこの女優さん支持しますって気になりました。

話は全然変わりますが、政治家の枝野さんが民主党から飛び出して選挙で予想以上の支持を集めた。このとき考えたのが、、、。なぜあんたが、そんなこと考える必要があるんだと思うでしょうが、企画屋というのは誰からも頼まれてもいないのに、考えてしまうのが仕事みたいなものでして。

話しを戻しますが、なぜ立憲民主党が支持されたのかは枝野さんの「男気」を民衆が支持したから予想以上に票が入ったと考えました。つまり立憲民主党のコンセプトは『不器用だけど真面目に熱く働く男』男気!。シンプルでわかりやすいこのコンセプトはいい。ところが選挙以降の動きにはガッカリしてしまった。蓮舫さんが党の役職についたのか連日表舞台に登場してなにかをしゃべる。うーん、わたしが考えてたイメージから離れていくな。次に不倫問題を起こした女性議員(名前は知らない)を入党させる。これはマズイ。一般的に女性は同性である女性の不倫に対する拒絶反応は男性とは比べ物にならないぐらい強い。国会議員の女性を大事にするんじゃなくで、一般家庭の女性を味方につけなきぁ。わたしの考えでは、奥さんたちは旦那とケンカもするけれども、嫌なことがあっても奥さんや子供のために、毎日仕事にいく旦那さんに対して心の底では感謝してるもんなんです。枝野さんと旦那さんを重ね合わせて見ることができたんです。それなのに、、、枝野さん惜しかったです。不器用なのに「男気」だけはある。このコンセプトでいけばなー。立憲民主党=男気 勝手に政党プロモーションプラン考えていました。

政治の話ついでに関西の大阪都構想。これも惜しいですね「都」という言葉さえ使わなければ、この構想はとっくに実現してます。関西の人、特に大阪人の東京に対するライバル心は東京の人間には理解できないほど強烈なものがあります。「都」イコール東京なんですよね。「大阪州」でも「大阪特別府」でも「都」以外だっらと考えていました。

ちなみにわたくしは政治というものには、まったく興味もないし関わったこともありません。

まぁとにかく、蒼井優さんと綾瀬はるかさんの出演するドラマは観ます。綾瀬はるかさんは「男気」とはまったく関係ありませんが、支持しています。

では、また次回

自分好み〜落語編〜

好きなこと夢中になってること。
書籍や雑誌などの活字に365日触れること。
17才のころから突然本を読むようになった1ヶ月100冊以上のペースで。きっかけはまったく覚えてないが、もしかしたら古今亭志ん生の「志ん生長屋ばなし」という書籍から始まったのかも。札幌にいたので寄席に行ったこともなく落語家目指していたわけでもないが何故かこれは何度も何度読んでいくつかの落語は丸暗記した。その後ラジオ局AD時代に初めてSTVホール名人会という番組で生の落語と接して立川談志古今亭志ん朝月の家円鏡、先代三遊亭円楽などたくさんの落語を生で観た聴いた。古今亭志ん朝さんがぶっちぎりでした。まさにひとりだけ別格。次に円鏡さんでほかは横並びって感じでした。円鏡さんはその後8代目橘家圓蔵さんとなるのですが、いまから25年くらい前に六本木の飲み屋で飲んでるとき落語の話しになり、音楽業界の先輩が「円鏡はもう死んだよな」と言い出したので「いまは橘家圓蔵って名でやってますよ」と言っても「いや死んだよ」と引かないんで「じゃあ落語協会に聞いてみましょう」と夜の22時過ぎに番号調べて電話かけると「はい、落語協会です」って電話にでたんだよ。「六本木では圓蔵さん死んだことになってるけど死んだ?」「圓蔵師匠は生きてますよ。勝手に殺さないでくださいよーー」って。落語協会は夜でも電話つながるしシャレがきいてイキだなって感じで、その夜は盛り上がりました。その後は落語ともご無沙汰してたんだけど、40代後半から上野鈴本や池袋演芸場なんかの寄席に通うようになり、そこでひとり自分好みの噺家みつけました。橘家文左衛門(いまは橘家文蔵)「らくだ」「時そば」あたりがいいですね。軽い追っかけで文左衛門4回くらい連続でいきました。この人惜しいかなまくらが全然面白くない。まくらとても大事なのになー。でも好みの落語家ですのでこれからも期待はしてます。ある時よく考えたら春風亭小朝の落語聴いたことないなぁと思って埼玉まで行って小朝独演会聴きに行ったこともありましたがちょっと無理でした。途中でカツ丼食いに近くのそば屋に行っちゃいました。まぁ人それぞれの好みですから。志ん朝さんがもっともっと生きていてくれて80才や90才の時の志ん朝落語が聴きたかったです。好きな活字のこといっぱい書くつもりが、今回は落語編のみで。

では、また次回

最近、食が細くなってきたか?

食事は昼と夜の1日2食。朝は食べない。

ただわたしは昔から食べる量が半端ない。自称「飲み食いのセミプロ」です。普通の人は朝1人前、昼1人前、夜1人前の1日合計3人前食べるのがノーマルだと思うけど、私は昼、夜2食で合計5人前から6人前食べます。運動やってる男子高校生なんかは、1日9人前ぐらい食べてるような感じするけど。そういう姿をテレビなんかで見るとライバル心がメラメラ湧いてくる。58歳のオヤジなのにです。

1日2食にしたのは半日断食という、まぁプチ断食を毎日つづけてるつもりなんです。昼過ぎまでは固形物は口に入れない。もう15年以上やってるんでまれに朝食べると調子悪いです。

1日2食にしたのは糖尿病になつたことと関係してて過去4回程入院しました。「教育入院」「緊急入院」「再教育入院」「検査入院」※病院の指導で2食にしたわけではありません。まぁ糖尿病のことはまた今度詳しく。1日4人前が限界になってきたのか?ただの夏バテなのか?オマエは飲み食いのセミプロじないのか?自問自答する日々です。

TVチャンピオン王者の赤坂さんを勝手にライバル視していた昔にはもう戻れないのかー。
※赤坂さんは大食いの賞金を自分の顔の整形に注ぎ込んでいると本人が言ってました。

では、また次回

セルフプロデュース

久々に、LINDBERGドラムのチェリーから電話がきました。「最近、忙しいの」って聞くと、
「いま、矢沢永吉のライブでたたいてるんだ」「えっ。矢沢永吉!なんで?」するとチェリーは
「前から矢沢永吉は日本一のスーパースターだと思ってたんで、ステージでどうしてもドラムたたきたくて、なんか『自分の気持ちにケジメつけたくて』手紙書いて送ったんだ」
「自分で書いて、手紙?」
「そう。そしたら、矢沢永吉本人から電話きて」
「えっ、矢沢永吉本人!」
「うん。それでライブでドラムたたけることになったんだ」
「チェリーすごいよ!カッコいい!すごい!」

こんな内容で、電話は終わったんだけど、なんか自分のこと以上にすごく興奮した。『ケジメつけたくて手紙書いた』こんなフレーズ誰が言えますか?チェリーほんとイケてる。自分から動かなきゃなにも起きない。なにも変わらない。この行動力本当に尊敬します。自分はキャロル時代のCDは今でも、クルマに乗った時たまに聴くけど、矢沢永吉さんのことはそんなに詳しくないです。ただ何かの雑誌で読んだ「俺はいいけど、矢沢が何て言うかなー?」この言葉には、これだよなぁと感じたのよく覚えてる。自分も数多くのアーティストや人物を見てきたけど、第三者のような目で自分を客観的に見ることができて、初めて自分自身のセルフプロデュースが出来ると思う。もちろんチェリーもセルフプロデュースができてる素晴らしいアーティストなのは、間違いないです。LINDBERGのプロダクションをたたむときにはメンバーには迷惑かけてしまったど、、、、。

セルフプロデュースこれはわれわれ一般人もまったく同じだと思う。死ぬまで『自分という作品』をつくりつづけなきぁいけないんだから!
チェリー頑張って!応援してます!

では、また次回